ITエンジニアのためのビジネス書10冊

ITアーキテクト誌2008年Vol.17最新号 http://www.itarchitect.jp/mag/
クラウド・コンピューティング』とともに『ITアーキテクト必読!ビジネス・センスを養うための20冊』
を特集しているのでぜひ参考にして欲しい。わたしもアンケートに答えたのだが、複数人のアンケートの集計だからしかたないとはいえ、わたしが提案した10冊のうちの2冊しか反映されなかった(2.モジュール化は「デザイン・ルール」にカスッているので3冊反映ともいえるが)。そこでせっかくなので、ここにそれら10冊のリストと簡単な紹介を掲載することにした。

一般的ないわゆるビジネス書は敢えて外し、理系という視点・根源的な洞察という視点を打ち出してあります。他の方が選らばなさそうな、しかしエンジニアにとって取り付きやすいしかし重要な『ビジネス書』を選択させていただきました。どれも、ソフトウェアエンジニアやアーキテクトという観点でより有効性が発揮できるようになると思われるものばかりです。

以下が私の推すITエンジニアのためのビジネス書ベスト10冊です。順番はわたしにとっての重要度。


1. 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』平凡社2003
2. 青木昌彦・安藤晴彦『モジュール化 新しい産業アーキテクチャの本質』東洋経済新報社2002
3. 宮田秀明『理系の経営学日経BP社2003
4. 金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』PHP文庫2004
5. 山本修一郎・鈴木貴博・浜口友一『誰も語らなかったIT 9つの秘密』ダイヤモンド社2004
6. 稲盛和夫稲盛和夫実学―経営と会計』日経ビジネス人文庫2000
7. 鹿島茂『社長のためのマキャベリズム入門』中公文庫2006
8. 須原一秀『高学歴男性におくる弱腰矯正読本 男の解放と変性意識』新評論2000
9. 平川 克美『株式会社という病』NTT出版2007
10.大平 健『ダメ会議が社員を伸ばす―ニコマコス流頭脳ビジネス学』光文社知恵の森文庫2007


●挙げていただいた各書籍について、推薦理由を簡単に教えてください。

1. 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』平凡社2003

著者は世界的な理論経済学者です。ヒトでもありモノでもある法人という視点から会社というものの存在をあぶり出し、株主主権やコーポレートガバナンス論を超えたところで根源的な会社の意味に、非常にわかりやすい文章で迫ります。エンジニアとしてリーダーとして会社で働くことの意味を組織デザインという観点で、無形の知識資産労働という観点で、見直す機会になると思います。日本的経営に関しても考えが整理でき、21世紀の会社を考える上でヒントになるでしょう。

2. 青木昌彦・安藤晴彦『モジュール化 新しい産業アーキテクチャの本質』東洋経済新報社2002

ITアーキテクトにとって身近な「モジュール化」「アーキテクチャ」「システム」といった概念が今、経営学・経済学を刷新しようとしている。ひと・もの・かね・知識といった経営資源の適切なモジュール化という視点で産業構造や経営戦略を説明するフレームワークが理論化されつつある。半導体・自動車といった製造業だけでなく、金融や流通等広く経営にインパクトを与えつつある。これはソフトウウェアエンジニアが逆輸入しても意味のある、世界に対する新しいものの見方を与えてくれる。

3. 宮田秀明『理系の経営学日経BP社2003

著者は東大工学部教授であり、あのアメリカズ・カップで日本チームのヨットを設計し優勝を競うところまでもっていった戦略的技術者兼リーダー。経営とはある哲学にもとづいて問題解決と意思決定を繰り返して価値を生み出す創造的活動である、という熱い思いを、理系的な仮説検証=モデルシミュレーションの実践によって実現しようという非常に実践的なビジネス書。著者は実際に、出版流通業を始め現実のビジネスでも適用チャレンジし成果をあげている。理系的・論理的な思考と実行力の結合の強力さを物語っている。

4. 金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』PHP文庫2004

著者はアメリカ大陸横断自動運転ロボット等で世界的に有名なロボット工学者でCMU教授です。どんな問題も単純に考えて「素人発想、玄人実行」という問題解決のメタ技術のすごさを具体的な事例で納得させられます。そしてこの方法論は、技術・研究だけでなく経営の実践やプロジェクト実施においても非常に有効です。プレゼンを行い人を説得する技術についてもぜひ参考にして欲しいと思います。

5. 山本修一郎・鈴木貴博・浜口友一『誰も語らなかったIT 9つの秘密』ダイヤモンド社2004

ビジネス書と呼ばれるものを手に取ったことがない人には最初の1冊として非常によくできている。IT業界をテーマに、会社の仕組みを理解し変えていく際に考えなければいけない視点が9つに整理されている。ITの力をIT業界がきちんと利用していない状況を踏まえ、海外を含めたソフトウェア業界の多数の事例を使ってわかりやすくMBA流と日本流のよさを比較しながら解説している。戦略論等の最初の入門にもなっていてエンジニアにとってのビジネス超入門としてお勧め。

6. 稲盛和夫稲盛和夫実学―経営と会計』日経ビジネス人文庫2000

本書は日本人経営者の書いたオリジナルなビジネス書として、また技術者から経営に入った著者という意味でも、ITアーキテクトをめざす方にはぜひ読んでほしい。会計は経営の仕組み・システムであるという前向きな視点で、当たり前の会計原則を通して京セラの実例を織り込みながら、製造業そして経営一般のあるべき姿をきびしく提示してくれる。こうした視点を自分で発見し実践してきたというのはやはり天才としかいいようがない。

7. 鹿島茂『社長のためのマキャベリズム入門』中公文庫2006

マキャベリズムというと人間性悪説にもとづく冷酷残忍な処世術・組織操縦法というイメージが強いが、本来のマキャベリズムは人間性を踏まえた論理的な組織論であり、ゲーム理論的な視点を取り込んだ国家経営戦略論であり、孫子とともに理解しておくべき古典である。しかし如何せん古典は読みづらい。そこを当代一流の文章家である鹿島氏が、経営や組織運営にも十分役に立つ鋭い洞察の束として、カルロス・ゴーン他のわかいやすい例と共に現代に蘇らせてくれた。組織のリーダーになる人は批判的に読んでおくことをお勧めします。

8. 須原一秀『高学歴男性におくる弱腰矯正読本 男の解放と変性意識』新評論2000

AI研究者から哲学史を書き換え新たな哲学を打ち立てようという企てる日本には珍しいオリジナリティのある著者の快作。人生に対する取り組み方が世界の見方と共に変わる可能性があります。ビジネスに限らず世の中で何かやるためには、決断・実行ということが結局は事を前に進めます。騙されたと思って前作『超越錯覚 人はなぜ斜にかまえるか』(新評論)とともに読まれたし。

9. 平川 克美『株式会社という病』NTT出版2007

著者はリナックスカフェの代表であり、あの武道家兼評論家の内田樹の盟友。いわゆるMBA流のビジネス観・経営戦略を相対化し、さらには今流行の『ウェブ進化論』的なインターネットグローバリズムのモノの見方の単純性に対する警鐘を鳴らしている点でも一読の価値がある。環境や社会を踏まえて経営や商売というものの本来的な価値や意味を考える上で、『会社はこれからどうなるのか』とともに必読。

10.大平 健『ダメ会議が社員を伸ばす―ニコマコス流頭脳ビジネス学』光文社知恵の森文庫2007

タイトルの軟弱さに騙されずに読んで欲しい。著者は『やさしさの精神病理』(岩波新書)等でも有名な日本で一番信頼できる精神医学者の1人。私が読んだ自己啓発書・ビジネスhack本の中では最もすぐれた洞察に富むお勧めの1冊。さすがに人間の心理の深いところまでわかった著者の問題解決や発想法・チームワーク・ファシリテーションの教えは、技術論に走らず本質をついている。


以上