共同体と自然とのファシリテータとしての天皇

『一万年の天皇』上田篤(文春新書2006)読了

非常に刺激的な日本論であり天皇論である。天皇の位置づけが非常にクリアに人類学的なシステムの変遷として捉えられており,それが日本人の心情といかに密接に結びついているかが説得的に語られている。しかし,本来,建築家である上田氏の古事記日本書紀の読み込みの深さは尋常ではない。縄文時代の巫女にはじまり,それを守るヒコとセットになった高群逸枝いうところのヒメ・ヒコ制というプレ天皇制,ヒメ・ヒコに男系原理を折衷した天智・天武時代の天皇制(ヒメの霊力をもったヒコとしての天皇)の確立,武士との双系的統治システムの確立,明治親政,戦後の人間宣言後の位置づけ,という大きな流れを一気に納得できて間然するところがない。いくたの危機を乗り越え1300年間続いた世界に例の無い超長命王朝の秘密が,「巫女としての天皇」だったというわけだ。だから,男なのに女の立場で恋の歌を和歌として詠み,自然に対して祈るのが最大にして唯一の天皇の仕事なのだという。そういう意味で明治から昭和戦前期の天皇は本来の姿から外れたものと明快に言い切ることができる。自然祭祀共同体の象徴として権力は持たずに自然とのファシリテータとして適切に振舞うのが天皇というわけだ。非常に興味深い。